男が部屋に来たんです。

正直ビックリしましたよ。
だってその男は全くの初対面なんだもの。
いきなり、
部屋のピンポンを鳴らして
来たんです。 
で、「おい、うるせぇぞっ!!」って大声で。
そのとき大好きな音楽を聴いてたんだ。
アンプに繋いでね。
音量には気を付けていたつもりなんだけど
家の作りからして音が響き易かったのかなあなんて
思いながらボリュームを小人の会話レベルにぎゅっと下げて、
謝罪をするべく家のドアをチェーンを掛けずに開けたんだ。
それが駄目だった。
もうドアの隙間から外の空気が入る同時に男は
キッチンの部屋をダッシュで突き抜けて
macやテレビやソファーのある
奥の部屋に飛び込んじゃった。
多分風よりも早かったね。
怖かったよー。
でもそのまま外に逃げるわけには行かないし
かといって玄関で硬直してる訳にもいかないから
急いでキッチンと居間の間のふすまをピシャンと閉めた。
もう僕は脇や背中に汗かきまくり。
だって居間の中には僕の大事な
macやギターや携帯やゲームボーイやらいっぱいある。
一旦深い深呼吸をしてから
冷静に部屋の中に入った男に話しかけたよ。
おいおい一体どうしたんですかって。
「もうすぐ何も食べられなくなる。
それに僕は今敵に狙われたら大変なんだ。」
だって。
意味分かんなかった。
でも僕は自然にフライパンを握ってた。
冷蔵庫の中には食材がある。
玉子が8個もあるんだ。
だからフライパンの上で割って
目玉焼きを作っていた。
なるべくにおいが部屋の中にいる男に伝わる様に
換気扇は回さなかった。
「黄身は完全に焼いた方が好きですかー?」
と僕は部屋の中にいる男にきいた。
そしたら
「目玉焼きだけ??」
って図々しく聞いて来る。
冷凍庫には凍らせた食パンがある。
「トーストもありますよー」と僕は答えた。
「じゃあ、裏返して黄身も焼いてくれ。ごはんなら黄身は焼かなくて済んだのになあ。」
もー。
僕は食パンを入れたトースターを力強くバンッと閉めた。
黄身の固まった目玉焼きを
お皿に盛りつけ水菜を軽く横に添えて
別皿にトーストした食パンを2枚入れる。
両手に皿を持ちつつ、
人差し指と中指で醤油とドレッシングを挟んで
ふすまの前に立ち、
片足で思い切りふすまを開ける。
僕は男とソファー座り、
いただきます。を言わせる。
「なんだか朝ご飯みたいだなあ。」
「もう朝だよ。」
「ほんとだ。」
男と窓がある方角を向く。
午前4時を過ぎるともう空は青くなってくる。
今は夏だ。
男は目玉焼きをトーストの上に乗せ
ペロリペロリと平らげる。
そして綿が詰まった様な声で
「牛乳!!」と叫ぶ。
忘れてた。
僕は居間を離れキッチンの冷蔵庫へ向かう。
ガラスのコップに並々と牛乳を注いで部屋に戻ると
男は口から糸を吐いてた。
綿が詰まっていたのは本当なんだ。
「私はこれから繭になります。
次あなたの前に姿を表す頃には
絶世の美女になっているでしょう」
なに言ってんだ。気持悪い。
その白くてガリガリな体と細い腕でそんな事言われたくない。
溜め息が出た。
男は蚕だった。
完全に野生回帰能力を失った唯一の家畜化動物だったんだ。
だから人による管理無しでは生きられない。
繭の中で男は丸く縮んで前蛹になる。
これはアポトーシス(プログラムされた細胞死)が
体内で起こっているのであり、
体が蛹に作りかわっている最中なのだ。
その後脱皮し、蛹となる。
蛹は最初飴色だが、
そのうち茶色く硬くなっていく。
僕は段々と糸が重なり、
厚くなる繭の壁が
男の顔を隠すのを見届けた。
そして押し入れから布団の収納袋をとりだし、
繭を壊さないようにそれをそっと入れて
背中に背負い、家を出た。
家から公園まで5分も掛からない。
砂場の前のベンチに繭をそっと置いて
自動販売機でコーラを買って
家に帰った。さようなら。