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*logセーブポイント2



小さい事

植物

フローティングプランツという水を入れた瓶の中に植物を浮かせて育てるタイプの植物を買った。植物という文字が2回続いて気持ち悪い。名前はプミラちゃん。プミラちゃんと名付ける方が気持ち悪いと思う。
あと事務所で育てる用の植物も今日無印で買った。ペペロミア・ジェミニ。これもなんだか鉢が珍しくて底面給水タイプという物になっている。どういう物かというと鉢が2重の構造になっていって外側の鉢に貯めた水を中の鉢から垂れているロープが吸い取って本体の土の状態を常に適切な状態に保つらしい。なので水やりは土に水を与えるのではなく、外側の鉢に水を貯める感じ。普通だと土の表面を見て水やりをすると思うけど、これだと水やりのタイミングが分かりやすいし水の入れすぎで根腐れを起こすこともないよね。

でもペペロミアジェミニは寒さに弱いらしい。多分冬に枯ら

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レーザーカッター

3月末にMakers Baseというシェア型の工房で講習を受けてレーザーカッターで色々切ったり彫ったりしていた。きっかけはhsgwさんに作ってもらったLEDフェイスの基盤を支えるアクリルを割ってしまったからだ。第一目的はそれだけど、前々からレーザー加工にもう一度チャレンジしてみたかったという思いもある。

自分は地味な性格からかどっちかというとドット絵にあまり色を付けたがらないタイプで(例えばDOTAMA&USKさんの通勤ソングに栄光をは当初白黒ゲームボーイ画面案を出していたし、PixelTweetのコンセプトも正にそれで、ピクセルアウトで展示した信仰もそう)今回レーザーでMDFやアクリルに自分のドット絵を焼き付けて、なんと表現して良いか、ただそれが印刷されて乗っただけの物ではなく、物質と絵の干渉、混ざり具合、一個体としての存在性が際立って確かな手応えを感じた。

作品には様々なパラメーターがあってそれは例えば単に”かわいい〜かっこいい”の雰囲気から、重い〜軽い、上手い下手もあって細分化されると線が太い〜細い、固い〜やわらかい、色がある〜ないもあって、自分の伸ばしたいと思ってた1つのパラメーターはこういう部分だったのかなとも思う。

以前打ち合わせでGraphersRockのTamioさんにオリジナルのマフラーを見せた時に色は使わないの?と尋ねられて考えたけどやはり将来的には色のパラメーターも増やしていきたい。そりゃ使おうと思ったら使えるけど本当に自分と向き合う様な作品になるとどの色を乗せても今は嘘くさく感じてしまう。

本当にこれだという色を見つけるには実生活で色との出会いを大切にし胸に焼き付く様な経験をするべきだろう。そういう意味だとSQUARESOUNDSのデザインの配色はVJを通して色なんイベントで出会った色だとも言える。

だいぶ話が逸れてきたけど、デザインというと最近は宗教的な物が好きだ。最近と言うか随分前からかもしれない。SNSのタイムラインでページを開いた途端に流れ出て来る凄いデザインや凄い作品もいいが、自分のアンテナを信じて情報を掘っていく感覚も大事にしたい。それがインターネットでの自給自足みたいな生き方だ。コンビニもデパートもセレクトショップも便利だけどな。

話を戻して今回のレーザー加工で作った作品を僅かな数だけど近いうちに販売したいと思う。レーザー彫刻コースター。毎回心の中で思うことだけど、自分の作るグッズはファッションの様な自己主張というよりは、その前段階の「自己と向き合う」という性格が強い物だと思っている。彩るのではなく曇天の様な状態から「彩ろう」と思う様な心が生まれるきっかけを与えられるものを。少しでも生活が良くなると良いねという気持ちで作ってる。

と言うと軽い気持ちで買えなくなっちゃいそうでアレだけど、作品をどういう風に捉えるかはその人の自由だし売れたら売れたで自信が持てるしビビッと来たら買ってね。


*log眠るまで

ここ最近は部屋の荷物を捨てまくっていた。

賃貸の更新に合わせ引っ越そうと思ったこの部屋にまだ暫く居続ける事に腹を決めたからだ。引っ越しさえすれば生活が変わり心の鬱屈が消えるはずとすがるような気持ちを抱いていた。結局はきっかけが大事で、引っ越しせずとも目の前の事をやるかやらないかそれだけだった。

生きてるうちに荷物がどんどんと溜まってく。放っておくと皮膚の垢の様に何重にもかさなる。表面を磨いて古い垢を落とさないと老朽化していくそれ(後悔や願望、過去の栄光。幸せだった物や事)にずっと付き合わなくてはいけない。古い皮膚の下で新たに作られる今と未来に目を向ける事が出来ない。

もし僕が更に歳を重ねたらきっと状況が変わる。今は捨てられても、捨てられないだろう。テレビのドキュメンタリーで見た高齢の男の部屋、いつ使うかも分からない座布団が押入れの奥でぎゅーっとなってる。遺品整理の解説写真、「いつか使うかもしれない」が「最後まで使わなかった」に変化した物。
必要が無くてもそこに無ければ自分と世界との接点が消えてしまうという不安感、それを捨てない事で物から必要とされる自分という存在を感じる事が出来る安心があるのかもしれない。

部屋から出した荷物が台所にまだダンボール3箱ある。1箱は捨てるかリサイクルに出すもので、残りの2箱は捨てられない書籍やノートが入ってる。捨てられないと言うが、こうして長い間箱に幽閉しても現に困らない。使う物では無いが捨てられない。 押入れに入れておこうか。

とかなんとか書いて打つ手がとまり、キーボードの上で手を軽く重ねると眠気が自然に訪れてくれる。オチは無いしまとめもない、眠るだけ。てな。


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